02


「いいか?電気消すぞ」

「うん」

夏野のベッドにもぐり込み、直ぐ側で夏野の体温を感じる。
広い胸の中に包まれて、それだけでもう幸せを感じる。どきどきと速まる鼓動にオレは夏野の胸元に頬を擦り寄せた。

「こらっ、悪戯するなら追い出すぞ」

口では厳しく言ってもオレの背中に回された腕は動く気配をみせない。

「ねぇ、夏野」

胸元から顔を上げ、ジッと夏野の反応を窺う。

「何だ?」

「悪戯がダメなら、悪戯じゃなきゃ良いの?」

もぞもぞと足を動かして、夏野の足の間に膝を入れる。その足を使い夏野の下肢に身体を密着させれば、夏野がグッと息を詰めた。

「なに…―っ、千尋!」

次いで咎めるような鋭い声で名を呼ばれ、気付いた時にはオレの視界はぐるりと回っていた。
あっという間にベッドに組み敷かれる。

「――っ」

一瞬何が起きたのか分からなかったけど、上から覗き込んできた夏野の真剣な双眸に肩が震えた。

「本当に追い出すぞ」

「なんで…」

そんなこと言うの?

「……?」

「オレだって夏野を気持ち良くしたいのに」

いつもオレばっか。
それだけなのに。何でダメなの?

酷く拒絶されたような気がしてじわりと視界が滲む。
オレの言葉を聞いて夏野はどこか怒ったように眉を寄せた。

ため息が落とされる。

「…泣くなよ」

「泣いて…ないっ」

嘘つき、と目元に優しく唇が落とされ余計感情が昂る。

「その気持ちは嬉しいけど、今夜は絶対にダメだ」

「…今夜…は?」

夏野の言い方に引っ掛かりを覚え、オレは首を傾げた。宥めるように髪を撫でられ、鼻先を唇が掠める。

「お前今日が何曜日か分かってるか?」

「えっと…、うん」

それが何だと言うのか。
不思議に思って見返せば夏野は少し困ったような表情を浮かべた。

「夏野?」

「じゃぁ明日の授業は何限からだ?」

「…一限」

そこまできて、オレは夏野の言おうとしていることに気付いた。でも。

「そんなのとか言ったらマジで怒るからな」

「うっ…」

「お前の本分は学生で、大学に行くことだろ?」

まったくの正論に言葉も出ない。けれど、続いた台詞には即座に噛みついた。

「俺のことは後でいい」

「それはオレが嫌だ!確かに夏野の言ってることは正しい。けど、オレの中の優先順位は違う」

「千尋…」

夏野を困らせたいわけじゃない。だからそんな顔しないで欲しい。

ジッと少しの間見つめ合い、夏野が口を開く。

「しょうがない奴だな」

そして、唇に触れるだけのキスが落とされた。

「夏野…?」

くすりと夏野は笑い声を漏らし、オレを組み敷いていた手を解いたかと思えば背中へと腕が回される。
ぎゅっと深く胸の中に抱き込まれ、足を絡められた。

「わっ!〜〜なっ、夏野!?」

いきなりのことに驚き、狼狽える。じわじわと顔が熱くなる。

「仕掛けるのは平気なくせに仕掛けられると弱いよな、お前」

「えっ、ちょっ、夏野?」

耳元に寄せられた唇が低く笑う。
焦るオレに夏野は何だか吹っ切れたように意地悪く囁いた。

「次の休み、楽しみにしてる。お前が俺をどうやって誘うのか…期待してるからな」

「〜〜っ」

いつの間にそんな話に。

けれど嫌ではない。
ただ改めてするのが恥ずかしいだけで。

そんなオレの心の内を見透かしたかのように夏野はわざわざオレに言わせようとした。

「嫌か?」

「…っ、嫌、じゃない」

「期待してもいいな?」

「うっ、…ん」

耳まで赤く染めて小さな声で返せば、褒めるように額に口付けが落とされる。

「じゃぁ今夜は大人しく寝るな?」

「…うん」

何だか上手く丸め込まれてしまった気がしなくもないが、オレは休みの日を思っていっぱいいっぱいだった。

すぅすぅと抱き締めた腕の中から寝息が聞こえ始め夏野は苦笑を浮かべる。

「そういえば最初もそうだったな」

いくらあしらっても懲りずに俺にくっついてきた。向けられる想いは真っ直ぐすぎるほど純粋で。今もそれは変わらないらしい。

「お前はどこまで俺を惚れさせれば気が済むんだか」

安心しきった顔で眠る千尋の髪に唇を寄せ、俺も瞼を下ろす。


一緒に過ごす時間が増える分だけ愛しさが増していく―…。



END



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